学校・保育・教育の体験談

ブラックでも持病があるから辞められない

投稿日:2024年9月18日 更新日:

・プロフィール

職種 塾講師

雇用形態 時短正社員

勤続年数 11年

入社時の年収 年収180万円(税引き前)

 

・ブラックなのに辞められない理由

今から私が働いている職場のブラックなところを書きますが、それでも辞められない理由を先に書いておきます。

それは、持病があるからです。

なぜ時短で働き給料も安いのか、それは私が幼いころから病気を患っており、フルタイムで働くことが難しいからです。

学生時代は自分のことを普通だと思っていて、頑張れば修学旅行も地獄を味わいながらでも行けたので病人であると認識することを否定していました。

しかし、社会人になるとそうもいきません。

責任ある仕事をフルタイムでして、何度も休んでしまっては周りに迷惑です。

そこで、いろいろとあり地元の学習塾でかなりの時短で働くこととなりました。

持病があっても働かせてもらっていることや、食事は家で取れるから安心であること、家から近いことなどなど、ここ以外で働けないと思うことがあるからいかにブラックでも辞められなくなっています。

 

・上司も同僚も構ってちゃん

塵も積もれば山となると言いますが、うちでは上司も同僚もあまりの構ってちゃんすぎて、同情してほしすぎるため本当にイライラします。

例えば、上司は生徒の保護者との面談で自分が何年も前にした病気を全員に自慢するのです。

保護者からクレームが来ているのにそれでも続けています。

同僚は別の同僚と結婚しているのですが、その妻のことはすべて同僚が伝えます。

「妻が事故に遭った」「妻の親が余命宣告を受けた」など、生徒や私にわざわざ伝えなくてもいいことを大変深刻そうな顔で言い、だから何をしてほしいのかとかなりイライラします。

心配してほしいのでしょう。

これが毎日あります。

 

・しなくてもいい仕事ばかり

もし私がこの塾を切り盛りできるようになったらなくすことが山のようにあります。

休日に出てこいと言われてすることは後日やればいいことだったり、そもそもする必要のないことばかりなので本当にやる気など出ません。

例えば、生徒の学力テストの採点は必要ありません。

なぜなら、本部に送られきちんと採点され帰ってくるからです。

なぜ採点を私にさせるのかわかりません。

聞けば俺の言うことを聞けと言われます。

過去問も、昨年とあまりにもテスト範囲が異なるためバラバラに渡すよりワークのテスト範囲をコピーして渡した方が効率が良いのに、模範解答がタブレットに送られて回収不可能なのに作れと言われます。

こういったことばかりです。

 

・機嫌が悪いと理不尽に怒られる

上司は基本挨拶は返しません。

これだけでも人として終わっていますが、機嫌が悪いと理不尽に怒られます。

例えば、生徒が塾に来ると自分の名前のバーコードをピッとつけるのですが、この時私が生徒に担当の先生を言わないと怒ります。

しかし、生徒の名前をその日の時間割表から探し、担当の先生を言うまでには少なくとも数秒は要ります。

それなのに、バーコードを読んでいる時に怒るので、なぜ探す数秒すら待てないのかと毎回イライラします。

バーコードを読み込む時間を考えると、まずそんな光の速度で担当の先生を言うことなど物理的に不可能です。

 

私の働く職場のブラックなところはまだまだありすぎて、書けば100万字くらいにはなるでしょう。

特に上司が人間の失敗作なので、細かいところで毎日イライラすることがたくさんあります。

それに本人が気づいていない、悪いと思っていないところがまた悪質だと思います。

病人の私を雇ってやっているから感謝しろというスタンスなのでしょう。

環境自体は病気があっても働けるためとても良いのですが、いかんせんその中身が上記のようなものなので辞めたくても辞められず非常に強く悩むこともあります。

上に言っても大した対応はしてくれず、このまま我慢して仕事人生を終えるしかなさそうです。

-学校・保育・教育の体験談
-, , ,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

no image

教師という職業のやりがいとブラックな現状

私は現在関西の中高一貫教育が売りの進学校の数学教師をしています。 私が数学の教師になろうと思ったのは、ある先生との出会いでずっと嫌いだった数学が好きになり、それからまじめに勉強をするようになった経験が …

no image

私立小学校で働いた時の心癒されるエピソード

私は、私立小学校で働いていた時期がありました。 20代の時に時短勤務をしていて、安月給ながら細々と体調に合わせて働けたのです。 その時には、その日にあった小学生の面白い言動を忘れないようにノートにメモ …

no image

学童保育支援員として都内や地方で働いた体験談

『学童保育支援員のやりがい』 1つ目は、子どもの成長を感じられるところです。 以前は主に低学年が通う場所となっていましたが、現在は(自治体にもよりますが)1年生から6年生までの子どもたちが利用すること …

no image

幼稚園の先生7年間で現れた歪んだ教育方針をもつ保護者

1 私の教員生活 私は、某県にある私立幼稚園に7年間、教員として務めていました。 一般的に、エプロン姿の教員がいたり、かわいらしい先生像という感じの幼稚園というよりも、教育方針に基づいて子どもをどう育 …

no image

高校教師をパワハラとモンスターペアレントにより退職

①高校教師へと 私は本当に1年間だけですが、高校で教師をしておりました。 大学時代の経験を活かし、体育系の教師になりたくて学生の時から奮闘し、ようやく高校の体育の教師となることが出来ました。 高校の教 …