1 私の教員生活
私は、某県にある私立幼稚園に7年間、教員として務めていました。
一般的に、エプロン姿の教員がいたり、かわいらしい先生像という感じの幼稚園というよりも、教育方針に基づいて子どもをどう育てていくか、といったようなことに力を入れている幼稚園でした。
規模としては、園長1人、教員15人程度、子どもは1クラス30人が全6クラスといった比較的小さい園です。
園長の方針のもと、責任を持たせる観点から1クラスには教員が1人、助手はつけず、子どもだけでなく教員自身も成長できる環境でした。
私も、教員として採用されてからは日々、切磋琢磨しながら子どもたちと楽しい時間を過ごしていました。
2 突然現れたAさんの素性
教員生活4年目、新入園児を担任してきた頃の話です。
入園してきた当初は、どこにでもいる普通のお母さんといった感じで、当たり障りのない感じでした。
しかし、他のお母さんとは積極的に付き合うような感じではなく、言葉少なめで何を考えているのか少し分かりにくい、独特な雰囲気をもつ人でした。
例えば、親が全員参加する月1回の懇談会の場で教員から幼稚園のその月の活動方針や、子どもたちの様子を話すと、何となく不満そうな、納得しないような顔をいつもしていたのが、毎回気になっていました。
しかし、Aさんの子どもはとても素直で明るく、交友関係も広いので大して気にはしていませんでした。
私の幼稚園では6月に親主導のバザーがあり、担任と保護者の関係がぐっと密になるときがあるのですが、そのときにAさんが自分の意見を主張する機会が多くなるにつれ、どんどん素が現れてきたのです。
3 具体的に、、、
保護者の皆さんの協力もあって、6月のバザー自体は無事に終わりました。
しかし、バザー終了後の保護者を交えた打ち上げの場で、保護者の皆さんが達成感に包まれている中、Aさんは「やっと終わった」「面倒でしかたなかった」といった感じで、まわりの空気が読めない雰囲気を醸し出し、周囲にいた保護者も苦笑いをしているような状況でした。
学期末には必ず保護者と教員の2者面談があるのですが、そのときにAさんは「私は自分の子供に対して、『先生が右を向けと言ったら左に向きなさい。』と常々言っているんです。」と言ってきました。
はじめは、自分の意見を持ちしっかり自立して欲しいということなのかと思いましたが、よくよく話を聞いてみるとそうではなく、単純に
「うちの息子が、他の子と何か違ったことをしていても見逃して欲しい。息子のやりたいようにして欲しい。話を聞かないけれど、ちょっと悪いことをしたとしても怒らずに目をつぶって欲しい。」
と訴えるようなモンスターでした。
4 幼稚園としての対応
幼稚園の方針としては、そのような意向には沿えないことを伝えました。
なぜなら、子どもの発達過程において、今は正しいことを教え・伝えていき、集団生活を過ごしていく時期だからです。
何度もこのようなことをAさんに話しても理解してもらえず、ついには父親まで面談の場に参加するようになりました。
夫婦そろって、「人に反発できる強い人間になって欲しい。」「逆境に強い子に育ってほしい。」と主張してくる始末でした・・・。
このような夫婦に対して、私一人ではらちが明かないと判断し、園長に助けを求めました。
通常は、教員と保護者の2者面談がまさかの4者面談となりましたが、園長はもちん私と同じ意見であったため、私と同様の主張や園としての方針をあらためて伝えてくれました。
それでも不服そうな顔をしていたので、園長がはっきりと一言、「あなたの子どもはうちの園では育てられません。お二人の方針に合わせてくれる他の幼稚園に転園したらどうでしょうか?」と伝えました。
園長は自分で作った幼稚園だからこそ、幼稚園の方針をしっかりと持っていたので、退園届をその両親に渡し、その場で書かせました。
もちろん、それを聞いたAさん夫婦はこれまた不満そうな、不服そうな顔をして二言三言苦情のようなものを言っていましたが、幼稚園側と意見がまったく合わず、折り合いがつかないと判断したのか、しぶしぶ退園届を書いて退園することになりました。
5 Aさん夫婦のその後
その後のAさん夫婦はというと、話によると私の幼稚園近くの体育会系の幼稚園に転園したとの噂がでました。
幼稚園であのような主張をするような保護者に対しては、保護者の意見や主張を大事にする園であってもなかなか受け入れ難いのが実情です。
私は、Aさん夫婦のような保護者にはそれ以来出会っていませんが、各家庭の教育方針がそれぞれ違うのは当然です。
ですが、あまりにも世間知らずなものだったり、子どもの人間性を歪めてしまうような無意味な教育方針は、誰かがどこかで正さなくてはなりません。
その場が初期の段階であれば、親歴が短い保護者も受け入れる余裕があると思いますので、幼稚園の役割はそういった意味でも大きいと思っています。