大学教員は憧れの仕事?
世の中の人は、大学で教員をしています、というと、「尊敬する」「頭、いいんだね」「すごいね」といった反応が返ってくることの方が多いでしょう。
実際、「ご職業は?」といわれて、「大学の教員です」と答えるときには、答えている本人としても、どこか優越感というか、そういった気持ちをもっているような、そんな感じです。
大学の教員になりたての頃、特に、上の教員ポスト、たとえば、教授や准教授といった、そういったポストについたときには、その優越感的な気持ちが心地よいところも多くて、職業を言いたいような、そんな気持ちでいました。
ですが、そういった気持ちも長く続きませんでした。
なぜなら、ストレスも半端ないからです。
大学の教員の抱えるストレスその1 業績を積み上げること
大学では、教育と研究、両方の柱をこなして一人前の教員として扱われます。
高等教育機関ですし、研究機関でもある、その両側面を持つために、当然、そこで働く教員もそのようなことが求められるわけです。
ですが、教員といっても、さまざまで、うまく立ち回り、めんどくさい、と考えられる、いわゆる雑用、まあ、雑用ではないのかもしれませんが、本人の業績とほとんど関係のない、〇〇委員会の仕事は、うま~く立ち回って引き受けない、そういう人もいます。
逆に、立ち回りがへたくそでしたら、そういった仕事の多くを一手に引き受けることになり、授業の合間の時間はほぼその活動で終わってしまう、ということもしばしばの人もいます。
となると、どこで授業の準備をするか、それは夜、大学の通常業務が終わってから、場合によっては、19時頃までの授業のコマが終わってから、ようやく準備ができるわけです。
しかも、当然のことながら、時間外勤務なんていう考え方はなく、すべて、自分の時間の活用となります。
また、本来業務である教育についても、あまり引き受けない教員もいます。
授業のコマ数をできるだけ少なく担当し、場合によっては、講義担当者は自分の名前であっても、実際には下の教員、たとえば、助教にやらせている、そういう人もいます。
教育は行って当たり前ではありますが、こちらも、研究活動に比べると、その評価が十分ではない、ということもあると思われます。
そうやって、いわゆる雑用や教育活動をうまく押しやって、研究活動にいそしみ、研究成果を出し、発表している教員が結局のところ多くの業績を持つ、という結果となり、学内でも昇格につながることになり、また、学外の上のポストの教員募集にも応募をする基盤を作ることができるわけです。
こういった不合理があるのが、大学の教員です。
このような業績第一主義、もちろん、そうではない立派な大学もあるでしょうが、そういった大学にいると、中の教員間の人間関係も当然よいわけがない、ということになります。
もちろん、大人の集まりですし、とりあえず、社会的地位もあるような人の集団ですので、それなりの品位はある、多分、あると思いますが、それでも、なんとなく、表面的な希薄な人間関係で、なんだかなあ、です。
大学教員が抱えるストレスその2 モンスターペアレントとの関係
大学もいろいろです。
学生の質のよい優良な大学の教員をしていると、このような問題もないのかもしれませんが、まずは、学生の質が悪い、レベルが低いと、とんでもなく、単位の認定をすることが困難になります。
時には、ここは、小学校か、と思うような計算を教えないと、そのうえに積み上げる教育内容が理解できないわけで、そういったことも手取り足取りして教えます。
それだけではなく、自学自修ができる高等教育であるはずにも関わらず、そういったことのできる学生はほぼ一握りです。
まともに授業を聞き、自分でそれを発展させるべく、自宅での学習にも取り組む、なんていう学生にお目にかかったら、もううれしくてうれしくて、の世界です。
そのようななか、試験をして、単位を認定することになるのですが、一握り以外の学生のために、答案用紙やそれ以外のレポートなどから、懸命に加点すべきところを探し、なんとか合格点に近づけて多くの学生を合格させるように努力をするのですけど、それでも点数が足りない、となると、再度試験を受けてもらいます。
それでも合格ができないとなると、残念ながら、単位の認定をしないことになるわけです。
そもそも、月曜1コマ目の授業などでは、出席自体が規程の時間に満たず、受験資格がない、という学生もいます。
学生への対応は、単位、あげれなかったね、で済むわけですが、そこで出てくるのが、親という存在です。
教え方が悪い、月曜の朝1コマ目に授業を組むのが悪い、とまあ、散々なことを言われるわけです。
挙句の果てには、弁護士に相談します、的な話になり、そうなると、学部長や学長、場合によっては事務局長などなどという人たちまででてきて、あなた、なんとかしなさい、ということになるわけです。
もっとも、どこの大学でも、ということではない、と信じていますけれど、少なくとも、私が在籍していた、もしくは、知り合いの教員が在籍していた大学では、「いるよねー、モンスターペアレント」で一致するわけです。
この親と、それにまつわる大学の上の方々との対応はもうストレス以外の何物でもありません。
大学教員を辞めて
ということで、このようなストレスフルな職業をいつまでも続けているのは、私の貴重な人生、あと何年生きられるか、明日も命があるのか、わからない世の中で、続けていくことには価値を見出せない、そう考え、退職をして、専業主婦になりました。
ゆったりと自分のやりたかったことを自分のペースで取り組む毎日は充実しています。
もちろん、収入面のことを考えると、ではありますが、それでも、ある意味18時間以上、教員として過ごさないといけないことを考えると、決して高くない給料ですから、それでよかった、と今は考えています。